台湾問題やウクライナ情勢などの地政学リスクに加え、昨今はサイバー空間でも大国間の覇権争いが激化している。このような時代に企業はどのような戦略が求められるのか。デジタル政策、安全保障、サイバーセキュリティをそれぞれ専門とする3氏による議論から、その方策を探る。第2回のテーマ、「地政学的変化とインターネット・データの国際的ルール」。

■参加者
谷脇康彦
 株式会社インターネットイニシアティブ 取締役副社長
渡部恒雄 公益財団法人笹川平和財団 安全保障研究グループ 上席研究員
神薗雅紀 デロイト トーマツ サイバー合同会社 執行役員 CTO 兼 サイバーセキュリティ先端研究所 所長
酒井綱一郎 DTFAインスティテュート 客員研究員(聞き手)

――台湾問題などを機に、中国をめぐる地政学リスクが注目されています。(以下、敬称略)

渡部 昨今の地政学的な変化を理解するうえで重要なことはアメリカの影響力の低下による国際秩序の流動化です。アメリカの戦略は、世界の警察官は辞めるが、中国による国際秩序へのチャレンジは退けるというものです。その手段としてデカップリングという言葉がよく使われていましたが、アメリカは冷戦時の対ソ連政策のように中国を経済的に封じ込めることは不可能だと考えています。サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は“small yard, high fence”という言葉を使い、規制する領域はなるべく狭くしたうえでハードルを高くするというイメージを提示しています。

最近では、デカップリングに代わって新たにデリスキングという言葉が登場しました。安全保障上のリスクを軽減しながら中国との経済関係は維持していくという方針です。日本企業は自分が展開している事業や業種がデリスキングの対象になるかどうかに気を付け、もし該当しそうな時は、本当にリスクなのかを日米両政府と率直に話せるチャンネルを今から作っておくことが重要だと思います。

    

谷脇 インターネットに関する議論はこれまで主としてテックコミュニティで行われてきました。しかし、おっしゃったような地政学に関する知識を持っておかないと、インターネットの話ができなくなってきていることを最近とても感じます。その理由は、インターネットが社会インフラになったことで、インターネットと安全保障や外交問題がどんどん一体化してきているからです。リアルの世界とサイバー空間は確かに違いますが、リアルの世界のルールやタクティクスがサイバー空間でどれだけ適用可能かといったような議論になってきています。

また、第二次世界大戦後に作られた国際秩序というものがだんだんうまく機能しなくなってきた面もある。旧西側諸国と中国やロシアとの対立、グローバルサウスの台頭という新しい勢力が生まれているところに、さらにサイバー空間という新しい、そして極めて戦略的なグローバルコモンズが誕生して、話を複雑にしているというのが基本的な今の世界の構図じゃないかなと思います。

    

神薗 そのような世界情勢を反映してサイバー空間では最近、責任あるという意味でのレスポンシブルという新しい概念が必要だと言われるようになっています。どこかの一部の国が大多数の意に反することをしたとしても、押さえ込むわけではなくてうまく抑止した状態で、他の経済は安定稼働できるようなレスポンシブルで中立性のあるプラットフォームを作っていく必要に迫られているのではないかと感じています。

インターネットガバナンスを進化させる議論が必要

――サイバー空間が社会基盤として定着したというお話もありましたが、谷脇さんはインターネットガバナンスの必要性を説いています。

谷脇 インターネットガバナンス、とりわけサイバー空間における国際ルールの適用を巡る議論は、国連で10年以上続けられてきましたが、ウクライナ情勢の影響を受けて議論が再活性化しています。その理由は二つあります。一つは、武力行使とサイバー攻撃というハイブリッド戦争が行われたこと。もう一つは、平時なのか非常時なのかわからないグレーゾーン事態というものが起きているということです。サイバー空間において国がどこまで関与していいのかということを決めないと、今後も紛争事案の予期できないエスカレーションが起きてしまうのではないかという危機感が国際的に強まっています。

実は、サイバー空間でもリアルの世界と同じような大きな対立の構造があります。我々の理念ではサイバー空間は国境を越えるものですが、一部の権威主義国家は、自国領土内で利用するサイバー空間については自国の規制を適用するという「サイバー主権」を主張しています。そしてグローバルサウスを味方につけながら、インターネットの運用ルールをより彼らが望ましい方向、つまり国家がルールの設定・運用を主導する形に持っていこうとする動きもある。

こうした中で、各国当局とサイバー空間を巡る議論を行うと、日本は地政学的に非常に深刻な場所にいると気づかされました。G7広島サミットでもインターネットガバナンスについて議論がありましたが、日本は同じような問題意識を持った同志国の輪を広げつつ、議論を加速化していく必要があると考えます。

神薗 ウクライナ情勢を契機に、世界に猛威を振るったサイバー集団「Conti」が内部分裂するという出来事がありました。分裂後にお互いが攻撃したり、情報をリークしたりしたと言われており、そのリークされた内容からこの集団がある国の政府と関係性を持っていたことが示唆されています。国際的なサイバー攻撃集団に国家が関与していることが示唆されたということは大きなインパクトで、その点でもウクライナ情勢によってインターネットガバナンスの必要性が再認識されたと思います。

渡部 個人も国家も、究極的には自己利益のために動くわけですよね。重要なことは、そのような動きに対して国際コミュニティが効果的に規制する能力を持てるのかどうかだと思います。協調的な国際秩序が保たれていた時代であればサイバー空間に関するルールも比較的作りやすく、維持しやすかったと思いますが、残念ながら現状は違う。我々は難しい時代に生きています。

サイバー人材の育成を急げ

――こうした世界情勢のなか、今後日本政府や日本企業に期待することは何でしょうか。

渡部 日本の安全保障政策については、政府の国家安全保障戦略に書かれたことを現実に実行するインプリメンテーションの段階に入りました。サイバー空間や宇宙領域は、複数の省庁にまたがるテーマとなります。国家安全保障局が企画・調整をして、防衛省・自衛隊をはじめとするオペレーションを担う部署が、効果的な政策を遂行するためのオールジャパンで動ける体制整備を急ぐ必要があります。

谷脇 ここ数年インターネットガバナンスの話を追っている中で、影響力のある超党派の米シンクタンクである外交問題評議会が「オープンでグローバルなインターネットを促したアメリカの政策は失敗に終わった」という趣旨のレポートを発表しました※1。事態は相当深刻だと見るべきじゃないかなと思います。デジタル冷戦に腰を据えて対応していかないといけない時に、これからどういう道がありうるのか。例えば、ASEAN(東南アジア諸国連合)が日本の同志国としてサイバーセキュリティの分野でも連携するといった外交戦略もすごく大事だろうと思います。何より、官民ともにとにかくセキュリティ人材を育てないといけない。現時点では官民ともに圧倒的に人が足りない。実践的なサイバーセキュリティ人材をとにかく育てるということに注力しないといけない。例えば経営層と現場をつなぐ橋渡し的なサイバーセキュリティ人材はますます重要になるでしょう。

神薗 そうですね、これからやってくる荒波の時代の中で、デジタル空間での自己防衛をきちんとできるということは、国だけでなく企業にとっても必要な能力になってくると思います。米国と比べても圧倒的にITエンジニアやセキュリティができるマンパワーは完全に少ない状況です。そこをちゃんと底上げしていくことは官民が協力してやっていかないといけないと思っています。

――示唆深いお話をいただきました。ありがとうございます。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りします。

(構成=永田 大・DTFAインスティテュート研究員)

    

< 参考文献・資料 >
※1 The Council on Foreign Relations, “Confronting Reality in Cyberspace, Foreign Policy for a Fragmented Internet”
 https://www.cfr.org/task-force-report/confronting-reality-in-cyberspace/download/pdf/2022-07/CFR_TFR80_Cyberspace_Full_SinglePages_06212022_Final.pdf

永田 大 / Dai Nagata

研究員

朝日新聞社政治部にて首相官邸や自民党を担当し、政治・政界取材のほか、成長戦略やデジタル分野、規制改革の政策テーマをカバーした。デジタルコンテンツの編成や企画戦略にも従事。2023年5月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画した。
研究・専門分野は国内政治、成長戦略、EBPM(エビデンスに基づく政策形成)。

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