大学在学中に公認会計士の資格を取得し、大学卒業後は監査法人で大手商社など大企業の監査に従事してきた中原健氏は、キャリア30年目の節目に新たなフィールドでチャレンジすることを決意されました。中原氏が新たな職場として選んだのは鳥取県倉吉市の医療法人を核とするグループであり、現在はグループ全体の経営管理や各種新規事業の企画立案などに携わっています。今回、転職に至った背景や地域経済の現状と課題、今後の展望などについて中原氏に語っていただきました。

中原 健氏

鳥取県倉吉市 医療法人グループ勤務

30年の公認会計士のキャリア

――これまでの経歴を教えてください。

1990年に監査法人トーマツ(現・有限責任監査法人トーマツ)に入所し、会計士として主に上場企業の監査に30年間携わってきました。

監査の仕事では、様々な業種の企業と関わりましたが、一方で変化に乏しい部分もあり、もっといろいろなことに挑戦したいと徐々に考えるようになりました。それで10年ほど監査の仕事に携わった後、ほかの世界を見てみたいと海外駐在を希望し、アメリカのデトロイトに4年間駐在しました。そこでは、いわゆるジャパンデスクのような仕事を担当したのですが、自分のキャリアの中でもすごく貴重な経験になっています。

日本に帰任した後すぐにパートナーになり、監査に再び関わるようになったほか、日本の人事部長を2年、そして国際人事を4年間経験しています。それを別の人に引き継ぎ、また監査のパートナーとして仕事をするようになりましたが、現場からどんどん遠のいていく状況の中で、海外の駐在を希望してデロイトに行ったときのように、これまでとまったく違う新しいことにチャレンジしたいと考えるようになりました。

そのままの路線でキャリアを継続した場合、企業で非常勤の取締役や監査役、あるいは内部監査部長といったポジションに就くといったことが考えられましたが、今までの延長のような感じがしたんですね。それよりも、新しい世界に飛び込み、多くの人々に関わって自分のスキルやキャリアを生かしていきたい。会計士として多くの業種や部門に係わり、蓄積してきた会計士としての幅広い経験を地域に還元し、貢献したい。そういった気持ちで地方にフォーカスし、やりがいを感じられる仕事を探しました。

医療法人グループという新たなフィールドへ

――現在働かれているグループに転職することを決めた理由を教えてください。

転職先を探し始めたとき、もともと地方創生や地域活性化、あるいはインバウンド需要を取り込み、観光で地域を盛り上げるといったビジネスにはすごくニーズがあるだろうと考えていて、そうしたお祭り的な雰囲気の中で自分も神輿を担いでみたいとも考えていたのです。

それで転職先としてイメージしていたのが、観光地域づくりを推進するDMO(Destination Management Organization)のような組織だったのですが、新型コロナウイルスで雲行きが怪しくなり、もう少し広い範囲で自分にできることはないかと思うようになりました。大都市以外であれば、全国どこへでも行くという気持ちでしたね。

そうした状況のとき、紹介されたのが現在働いているグループです。地域で医療や介護、ホテルなどを経営しているグループの総合的な経営サポートということでした。医療や介護という分野は転職先としてまったく想定していなかったため、声をかけていただいたこと自体が驚きでした。ただ当初考えていた観光だけでなく、もっといろんなことを経験することができる、自分の知らない世界で働いて新しいことを吸収できることはメリットだと感じたことから、入社することを決めました。

――現状、グループからどのような役割が期待されているのでしょうか。

現在働いているグループのトップは医師であり、町の内科からスタートして医療法人を設立し、さらにいくつもの介護施設を立ち上げて運営しています。また、経営状況が芳しくなくなった市内のシティホテルについて、地元を救うという思いで新たなオーナーとして譲り受け経営を続けています。

このように医師でありつつ介護も手掛け、さらにホテルの経営にまで乗り出したわけですが、経営をサポートする人材の育成までは至っていませんでした。これから先を考えたとき、次の戦略であるとか、長期的な視点に立って考えられる経営人材がいなければ厳しいという部分はあったと思います。

さらに言えば、グループの事業基盤をより堅固なものとし、継続して事業を展開していくことができる基盤を整えることも考えなければなりません。またグループの土台を築き、次の世代につなぐことも重要です。その橋渡し的な役割が私に期待されているものだと考えています。

地方で働くことの魅力と課題

――実際に倉吉で働いて感じた地方の課題を教えてください。

私が現在いる鳥取県倉吉市で言えば、働き口となる企業がそもそも少ないというものがあり、人口流出が続いています。

鳥取は県内に大学が少ないため、高校を卒業して大学に進学する人は県外に出ることが一般的です。さらに就職先として考えられる一般企業が少ないため、大学を卒業しても県内には戻らず、そのまま県外で就職することが多いです。このように県内で働く人が少ないため、企業としても支店や支社といった拠点を鳥取県に置くという判断にはなかなか至らず、そのために雇用の受け皿が広がらないために人口流出が続いてしまうといったスパイラルに陥っています。実際、倉吉市で働いていても若い人が少ないなと感じます。

事業承継も進んでおらず、私より一回り上の世代の人たちが経営者として頑張っていることも珍しくありません。高齢になっても元気に活躍できるのは素晴らしいことですが、次の世代がなかなか育たない、育ちにくいのは課題です。

一方で、中小企業が圧倒的に多く、そうした企業はトップの判断1つで物事が決められるため、大企業中心の都市部よりもある意味でスピード感があります。また都市部ではアポイントメントを取りたいと考えても、実際に会えるのは1週間先、2週間先となることが多いでしょう。しかしこちらは電話すればいつでもつかまえられて、「今から行きます」と言ってすぐに会いに行ける世界です。このため、ビジネスのスピードは東京よりも3倍は速いんじゃないかと感じています。

その背景には地域経済が小さくまとまっているという側面もあり、決して良いことだけではないのですが、さりとて悪いことばかりでもないと感じています。

――鳥取県、あるいは倉吉市の良さを感じる部分はどういったところでしょうか。

取は小さな県の中に、海や山、川、湖、さらには田畑が箱庭のように凝縮されていて、自然が何でも揃っています。さらに地域の食も豊富で、鳥取和牛や松葉ガニなどの贅沢グルメ、また二十世紀梨やスイカなど全国に誇る地域の特産品に恵まれています。本当に豊かな土地であり、海外にも発信できる魅力があります。

また暮らすことを考えたときも、東洋経済社「都市データパック」編集部が発表する「住みよさランキング2021」において、倉吉は全国5位にランクインしており、全国有数の住みやすい街として評価されています。

このように自然に恵まれ、住環境も良好でのびのび子育てができます。家族にとっては非常に暮らしやすい街であり、雇用が充実すれば若い世代を呼び込むポテンシャルは十分にあると言えるでしょう。

中原氏の撮影・編集による近隣風景

人の魅力も実際に住んで感じた部分です。倉吉の人たちは本当にフレンドリーで、とにかく優しい。よそから来た人でも温かく迎え入れてくれます。地域の子供たちも、豊かな土地で暮らしているためか、ギスギスしていないんですよね。通学途中の見知らぬ学生が「おはようございます」って挨拶してくれるなど、みんな素直に育っていて、それが大人になっても続いているような印象です。

このように他地域にアピールできる資源は豊富にありますが、その魅力を地元の人たちが実感できておらず、ダイヤモンドの原石のような状況です。これらの資源をどのように保全し、かつ経済活動につなげていくのか。従来の視点や、やり方を超えて、新しいビジネススタイルにつながるアイデアを実践することができれば、観光地としても、また移住先としてもポテンシャルを発揮することができるのではないでしょうか。

本当に、都会育ちの僕からすると何でもあるなという印象です。

地方の企業と自分が成長していくために

――今後の事業の成長について、どのような見通しを持っていますか。

地方では少子高齢化や過疎化の進展が続いています。医療や介護の需要はここまで増加してきましたが、長期的に見るとピークアウトはそれほど先の事ではありません。

今後を考えたときは、医療・介護業界において淘汰に耐え得る経営体力の強化を進めていかなければなりません。さらに事業を継続していくためには、同時に経営効率の向上や付加価値の創出、新たな視点によるイノベーションが必要になると考えています。

私たちのグループでいえば、医療や介護に加えてホテル事業もあるため、ヘルスツーリズムや医療ツーリズムなどの展開を考えています。ただ、そのためには自分たちが何を売っていきたいのかを明確化し、大都市圏や海外の人たちに来てもらえるような仕組みを作っていく必要があるでしょう。さらに競争力を高めるためには、地域の豊かな資源を活用することが大切になると思います。

なお私たちのグループは、先進医療に取り組んでいる鳥取大学医学部や附属病院との間に強いリレーションがあります。その関係性を通じて蓄積した知見やアイデアを生かして、例えばツーリズムの中に人間ドックを取り込みつつ、付加価値が高く、競争力のある医療や検査サービスを提供していく。こうした取り組みを進めています。

ホテル事業単体で考えた場合、コロナ禍の反動でインバウンド需要が大きく伸びる可能性は十分にあります。その需要にどう対応していくのか、地域のDMOや自治体、あるいはビジネスパートナーと検討を進めています。

私たちのグループには、新しいことに取り組み、そこに攻めていくカルチャーがあります。私の役割は、そうした取り組みをサポートしたり、あるいはアイデアが生まれたときにそれを現実化していったりすることであり、やりがいを感じられる仕事です。

※本インタビューに係る撮影のため、周囲確認の上、一時的にマスクを外していただいています。

――地方の企業が成長していくためには、どういった視点が必要になるでしょうか。

医療や介護、あるいは観光・飲食といった領域では、新型コロナウイルスの影響が極めて大きいため、補助金を活用して厳しい環境を乗り切っていく必要があります。地方において、こうした補助金に依存する構造は、自らの自立的な経営体力強化のためにはマイナスであるとの見方もあります。ただ現状でいえば、補助金を受けるための事業計画の点検を契機として、現状の事業の再構築や事業転換などの大ナタを振るうチャンスと捉えることもできるでしょう。

現在を自らのビジネスの実情、そして将来の見通しを客観的に評価し、次の世代に向けて積極的に準備するための機会だと考え、新型コロナウイルス収束後に向けた活動を積極的に進めれば、殻を破って成長するチャンスは十分にあると思います。

ただ地域の企業は、日常業務を回すことが精一杯で、なかなか余力がないケースが多いのも現実です。ただ企業としてさらに成長することを考えるのであれば、人に投資することも視野に入れるべきではないでしょうか。確かに、大都市圏から人材を雇用するのはコスト負担が大きく、地域の企業にとってはかなりの投資になります。

我々のグループも、もともと地域の中で経営人材を探していましたが、それだけでは限界があるということで外部から人を積極的に採用するようになっています。その1人目が私だったのですが、その後もホテルや他のグループ企業の幹部にも京都や東京から優秀な人材を発掘して採用しています。このように事業を外部人材に任せ、トップは中核事業やグループ全体の経営に専念するといった考え方もあるでしょう。

――最後に、ご自身のキャリアの今後をどのように捉えられているのかについて教えてください。

ここに来てまだ1年であり、経験を積んでいるところなので、具体的な目標設定はこれからになります。ただ、自身が所属しているグループの成長だけに留まるのではなく、倉吉市、あるいは鳥取県という地域全体に幅広く貢献できるようになりたいと考えています。

まず私自身が所属しているグループで事業を展開し、それが地域社会に広く波及していく、そういったつながりを生み出せればいいですね。そこに至るための道のりはまだまだ遠く、すぐに結果が出るものではないと思いますが、そういった目標に向かって働いていきたいと思います。

※本インタビュー内の写真につき無断転用等を禁じます。