世界中で企業のサプライチェーンにおける人権尊重への関心が高まっています。

人権デューデリジェンスとは、企業が事業活動において社内や取引先における人権侵害リスクを適切に把握し、予防もしくは軽減するための調査・分析および是正に向けた活動を指します。企業は、人権侵害の発生を未然に防止し、万が一発生した場合には速やかにその是正に努めることが求められています。

このコラムでは、人権デューデリジェンスがなぜ今注目を集めているのかといった背景や、日本企業による取り組みの現状、またEU域内で活動する企業を対象に人権デューデリジェンスを義務化する動きもあることから、各国の法規制の導入状況などについてわかりやすく解説していきます。

この4月にスタートを切った東証の新区分「プライム市場」に上場する企業だけでなく、プライム以外の上場企業や非上場企業、中小企業においても、取引先であるバリューチェーンの川下企業から人権尊重への対応が求められていることから、人権デューデリジェンスについて知っておくことはビジネスパーソンにとって今後ますます重要になってくるといえます。

なぜ今、人権デューデリジェンスが注目されるのか?

グローバル企業における調達・製造・物流・販売に関わる労働環境や待遇は、2011年国連で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」をきっかけに、ますます注目されるようになりました。以来実際に、人権領域でのネガティブなイメージを持たれたために、一部の消費者から不買運動を起こされた企業もあります。さらに現在では、投資先のESGリスクを懸念する機関投資家などによる人権意識が高まっています。このような状況下で企業が人権侵害につながるような対応を取り続けることは、ブランド価値の毀損やダイベストメント(投資の引き揚げ)につながりかねません。

こうした社会の変化を受け、金融庁と東京証券取引所は、2021年6月に施行されたコーポレートガバナンス・コードの改訂で「人権尊重」に関する条項を追加しました。この改訂では、同時に「人的資本」や「気候変動」など、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティをめぐる課題への対応に関する開示を求める方針が盛り込まれています。

コーポレートガバナンス・コード改訂のポイント(2021年6月)
出所:東証開示資料よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

企業のサプライチェーンにおける人権尊重が問題になるケースとして、具体的には、原材料調達や製造工程などにおける児童労働や強制労働の有無、国内では外国人労働者や非正規労働者の労働環境や待遇、子育て中の社員への対応などが挙げられます。

しかしながら、実際には、サプライチェーンの川下に位置する企業にとっては、川上の直接仕入先より前の段階における企業の人権尊重の実態までは、なかなか監視の目が行き届かない現状があります。国境をまたいだサプライチェーンではなおさらです。しかも、人権侵害の不利益を被っている人々は経済的にも社会的にも弱い立場に置かれていることも少なくありません。

こういった状況を踏まえ、今回の改訂では、上場区分や規模に関わらず、サプライチェーン全体を通じた人権尊重の責任を担うことが求められるようになりました。

では、このような制度変更によって最も影響を受けると思われる上場企業による人権尊重への取り組みは、どの程度進んでいるのでしょうか。

日本企業による人権尊重への取り組み

2011年11月に経済産業省(以下、経産省)と外務省が共同で発表した「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査」結果によると、アンケートへ回答した企業のおよそ7割が自社の人権方針を策定済みで、およそ5割がすでに人権デューデリジェンスを実施しています(対象企業数2,786社に対し、760社が回答)。

出所:経産省・外務省によるアンケート調査よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

このアンケートにおいて、人権尊重への取り組みが先進的な企業のおよそ8割は、機関投資家やESG評価機関から高く評価された実感を持ったとして、人権を尊重する経営に一定の効果があったと回答しています。

一方で、人権方針の策定と人権デューデリジェンスを未実施の企業からは「具体的な取り組み方がわからない」という声が上がっています。アンケートへ未回答の企業がおよそ2,000社あることを考慮すると、ガイドライン策定や先行事例の情報提供などのニーズを抱えた日本企業は少なくないと考えられます。

このような現状を踏まえ、経産省主導で「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」が2022年3月から開かれ、日本独自のガイドライン策定に向け専門家が協議を進めています。

ここでの議論で参考にされているのは、先進各国が国別に策定した行動計画や法規制です。

先進各国の人権尊重に関する法規制

下表によると、英国、フランス、オーストラリアでは、一定規模以上の企業に対し、人権デューデリジェンスの実施や情報開示・報告を義務付ける法律を既に導入しています。

出所:経団連、人権を尊重する経営のためのハンドブックおよび各種公開情報よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

ドイツでは、一定規模以上の企業に人権デューデリジェンスを義務付けるサプライチェーン法が2021年6月に成立し、2023年1月より適用されます。ドイツ政府は当初、「ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)」が求める基準を満たす企業が一定数いれば法制化を見送るとしていましたが、政府の調査によりNAPの要求事項を達成している企業が少ないことが判明したことから、法制化へと舵を切ることになりました。

この法律は、ドイツに本社を置く大手企業だけではなく、次のような場合もその対象となります。

  1. ドイツ国内に支店や在外子会社を保有かつ従業員数が3,000人以上(2024年以降は1,000人以上)
  2. ドイツ企業と直接取引がある企業(例:部品メーカーなど)
  3. ドイツ企業と直接取引がある企業との取引がある企業(ただし、苦情を受けた場合のみデューデリジェンスを実施)

サステナビリティに関する法規制の強化は、国際的なルール・メイキングに長けたEU諸国を中心に進んできました。人権尊重に関しても法整備が進められ、サプライチェーン上の膨大な数の企業に行動変容を求めながら、その影響範囲を拡大しています。