事業売却の論点、アプローチ方法を小説仕立てで解説する新シリーズ。第1回は、東証1部上場会社・大仏食品の経営企画部長である安倍氏が、藤原社長から呼び出しを受け、事業ポートフォリオマネジメントの見直しを命じられるところから始まります。安倍氏はどのように進めていくのでしょうか。

※当記事はD.comに掲載した内容を一部改訂して転載しています。

主な登場人物

※登場する企業・個人等は全て架空の名称です。

大仏食品株式会社:東証1部上場企業(売上高:5,000億円程度)

  • 業種は食料品の製造販売であるが、消費者向け飲料事業、消費者向け食品事業、業務用事業、ヘルスケア事業等を営む。
  • 連結ベースの営業利益率は0.5%と、同業他社に比べてかなり低い状況。
  • 業務用事業、ヘルスケア事業は堅調であるが、消費者向け飲料事業、消費者向け食品事業は市場が成熟気味、特に消費者向け飲料事業は競争環境が厳しく低収益に陥っている。
  • 過去、事業を多角化し、様々な会社を買収しており、組織機能の重複が激しい。
  • PERは7倍と業界平均の20倍に比べかなり低く、PBRは1倍を切っており、市場からの支持は得られていない。

藤原社長:大仏食品の代表取締役社長。
安倍部長:同経営企画部長。藤原社長から特命事項があった場合に一心に対応しており、藤原社長からの信任が厚い。

デビット会計事務所

  • グローバルネットワークを持つ会計ファーム。
  • 事業売却実務の知見・経験豊富である。

聖徳氏:大仏食品に対する担当パートナー、大仏食品からの経営全般の相談事項に対してアドバイスを行っている。

わからないことは人(組織)に聞くのが一番

東証1部上場会社、大仏食品の経営企画部長である安倍氏は、いつも無茶振りをしてくる藤原社長から本日も呼び出しを受けた。

大仏食品
安倍部長

失礼します。社長、お呼びでしょうか?

大仏食品
藤原社長

ああ、安倍君、忙しいところすまないね。まあ、座ってほしい。

実は、ほかでもない。わが社の未来について少し話をしたいのだよ。君も知っての通り、我が社も売上高こそ5,000億円を超えたが、PERは7倍に止まっていて依然として市場に評価されていない。株主からの突き上げも厳しく、私も本格的に事業ポートフォリオの見直しをしないといけないと思い始めたよ。まずは事業管理の方法を見直してみることにしたいのだが検討してもらえないだろうか。倍

大仏食品
安倍部長

不採算事業からの撤退を目指すというわけですか?

大仏食品
藤原社長

そうなるね。その分の経営資源を成長分野に再投資するようにしたい。株主だけじゃない。社外取締役からも事業ポートフォリオをどのようにマネジメントするつもりかとの質問をさかんに受けるようになった。これも時代の流れかな......

大仏食品
安倍部長

わかりました。早速検討いたします。

と答えたものの、話が大きすぎて実際に何から手を付ければいいかもわからない。そこで安倍部長は、懇意にしているデビット会計事務所のパートナーである聖徳氏に聞いてみるしかないと思い、早速、アポを取った。

大仏食品
安倍部長

そもそも事業ポートフォリオマネジメントを行うに当たって、どのような基準で事業を評価していけばよいかわからないのです。同じ食料品といっても、消費者向け飲料事業、消費者向け食品事業、業務用事業、ヘルスケア事業ではそれぞれ展開しているエリア・商品特性も違えば、事業機会やリスク等が全く違います。我が社は、それだけ戦略なき多角化をしてきたのではないかと思うに至りましたよ。

デビット会計事務所
聖徳氏

なるほど、根本的な部分から見直そうということですね。わかりました。
事業ポートフォリオマネジメントを行うために各事業を再評価するには、現在の各事業のパフォーマンスはもちろんですが、将来にわたって企業価値に貢献し得る価値を持つ事業なのかを知る必要があります。さらに言えば、仮に価値があったとしても、果たして自分たちがその価値をより上げるにふさわしい存在なのか、他にもっと当該事業の価値を上げられる会社があるのではないか、など、自社がその事業を持つべき意味合いは何なのか、そもそもそんなものがあるのかを突き詰めていくことが必要です。

大仏食品
安倍部長

なるほど奥深いですね。そのような奥深い議論をどのように進めていけばよいのかなあ。どの事業もそれぞれ今までの歴史もあるし、存在している意義・目的も多分あるわけですからね。

と安倍部長は考え込んでしまった。

"資本収益性"と"成長性"が事業評価の変わらぬ指標

聖徳氏が続ける。

デビット会計事務所
聖徳氏

事業の評価軸は収益率、成長率、リスク、戦略優位性、戦略的意義、さらにはESGに対する貢献度など、一般的なものだけでもいくつもあります。もちろん、会社の中で重視する事業の評価軸はこれだと決まっていればその考え方に準ずるべきですが、そうでない場合にどうするかが問題になります。

この点、私どもの過去のご支援事例では、複雑な多数の指標で評価しようとすればするほど、それぞれの事業を保有していることのサポート材料が出てきてしまい、結果として、既存事業存続の"言い訳材料"になりかねないケースが多いように思います。

大仏食品
安倍部長

ある指標では非常に劣位であっても、ある指標では優位である、ということですね。

デビット会計事務所
聖徳氏

まさにそうです。そういうことが往々にしてあり、経営の意思判断を鈍らせるわけです。実際に、他社事例でも、6軸の複雑な事業ポートフォリオマネジメントを行おうとしたのですが、明らかに駄目な事業でも、将来性やコアとの関係、ブランドなどで評価され、結果的に撤退を遅らせたというケースがありました。

大仏食品
安倍部長

では、どうすればいいのですか?

デビット会計事務所
聖徳氏

そこでお勧めしたいのは、自社の戦略に基づき、最も重視する視点を2つ、多くても3つに絞り込むことです。仮にそれが思い付かない、あるいは決定できない場合は、ごく基本的な指標を選ぶのがいいでしょうね。

大仏食品
安倍部長

それは何ですか?

デビット会計事務所
聖徳氏

今後の"資本収益性"と"成長性"です。経済産業省主導で議論された事業再編研究会でも、この2軸を事業ポートフォリオマネジメントを行うための評価軸にすることが例示されています。まあ、反論も少ないでしょうし、わかりやすいですよね。そして、それらの事業評価を通じて、今後自社で投資すべき事業、成果を刈り取る事業、経営の再構築や成長分野への投資資金確保のために撤退・売却していく事業など、事業ごとに方針付けしていくのです。

ただし、会社の戦略は時代環境に応じて変更されますので、事業ポートフォリオを運用するための評価軸も一度決めたら変えないというのではなく、時代環境や課題に応じて変えていく必要はあります。実際に事業ポートフォリオ管理の先進企業では、中期経営計画のタイミングを利用して、経営課題に対応する事業選別の判断基準を見直しているケースが多いと思います""

出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

社内の改革抵抗派をいかに納得させ得るかがカギ

大仏食品
安倍部長

なるほど、わかりやすいですね。ただ、実際そのような評価を行うことをルールにしたとしても、当社には温情派といわれる名誉会長がいますし、当然、それぞれの事業に肝入りのOBもいます。今までにも小規模な事業売却を検討したことがありますが、そのたびに彼らに反対されて、頓挫してきた歴史があります。そうした勢力に負けずに本当に改革を実行していくために工夫するにはどうしたらいいのでしょう。

デビット会計事務所
聖徳氏

難しい問題ですが、最終的に鍵を握るのは経営者の覚悟と改革を実行するための責任と役割の明確化だと思います。事業再編研究会報告では、多角化している企業において、経営者は会社の事業ポートフォリオを最適化する責任を有しており、対外的にも説明責任があると明確に記載されています。具体的には、経営者の役割には、①持続的成長のための経営資源の最適配分としての事業ポートフォリオの考え方の立案・最適化とシナジーの創出、②事業単位での「ベストオーナー」かどうかの視点からのレビュー、③事業ポートフォリオ見直しに係る従業員への啓もう・理解の促進、④部門横断的に事業をレビューしシナジーの創出を支援するファンクショナルマネージャーの設置、⑤CFO機能の機能強化、活用、及びCFOとCSOの連携、などとあります。また、社外取締役には、客観的な立場を利用しての事業ポートフォリオに関する積極的な関与、独立した立場から、切り出しに関する経営陣の判断の後押しや事業評価の仕組みの構築等の促進、社外取締役による外部投資家との対話の仕組みづくりなどの役割が明記されています。

まずは、そうした趣旨に則り、事業ポートフォリオを検討する役割と責任を持つ組織と会議体(取締役会など)を明確にしていくというのが近道ではないでしょうか?

大仏食品
安倍部長

わかりますが......

デビット会計事務所
聖徳氏

それだけでは旧態依然として体質から抜け出せない場合には、より事業ポートフォリオマネジメントに関する役割・責任を明確化するため、HD(持ち株会社)制や指名委員会制の導入、事業(SBU)別組織体制への再編などに踏み切るという方法もありますが。

大仏食品
安倍部長

それはそれで別の難しさがありますね。我が社もやっと社外取締役に経営参画していただくようになりましたが、まだまだ彼らの社内事業に対する理解が追い付いておらず、有効なアドバイスをもらえていない状況です。社外取締役も交えて事業を活性化させるためによい方法はありませんか?

デビット会計事務所
聖徳氏

事業に思い入れのない役員や社外役員に対して、事業ポートフォリオに関する議論に積極的に誘うための仕組みづくりが必要ですね。最初の一歩としては、例えば、社内の役員間の情報ギャップを埋めるためにも、事業ごとにその概況が一目でわかる資料を作成することが考えられます。具体的には、「事業構造」、「業界構造」、「市場」、「競合」、「自社の業績」などを同じフォーマットで各事業A3用紙1枚にとりまとめるというものです。その際、経験・感情で各人が議論を繰り広げることをなくすために、可能な限り定量的なファクトブックの形式にすることをお勧めします。私どもも他社からの依頼を受けて役員会向け事業ポートフォリオ討議資料の作成を支援するケースがあります。

大仏食品
安倍部長

確かに、一理ありますが、例えそのように事業評価をしても、当社の場合、事業撤退や事業売却など、抜本的な事業ポートフォリオの入れ替えを実施していくのは並大抵なことでできるとは思えません。もっと何か名案はないですかね。

デビット会計事務所
聖徳氏

多くの企業で撤退基準を導入していますが、基準に抵触した場合に、即撤退の判断を行う会社は皆無です。社内のしがらみや、事業に対する温情、撤退の難しさ(撤退コストや負荷の高さなど)が阻害要因になっているからです。そして、自社単独での事業運営をずるずると先伸ばし、気づいた時にはすでに大赤字で"売却もできない"、"お金も時間もかかるので撤退もできない"という事態に陥ってしまいがちなのです。

それらに対処するためには、再構築事業のテコ入れを組織的に実行する案も考えられます。具体的には、単独での成長が困難と判断した場合、見極める事業を事業管理会社へ移します。肝は、その事業管理会社をコンサル会社、ファンド出身者など異能人材も含めた構成(もしくはファンドと事業管理会社を共同設立する)とすることです。そうすれば他社とのアライアンス・売却も含めて、社内のしがらみに縛られない検討、意思決定を促進できるというわけです。

出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

大仏食品
安倍部長

聖徳さん、いつもながら懇切丁寧にご説明いただきありがとうございました。いろいろな事例を紹介いただきましたので、自社でどのように検討するのがいいか、持ち帰って検討したいと思います。ぜひ、また相談させてください。

安倍氏は聖徳氏のアドバイスを受けて、さっそく、各事業の評価を開始した。セグメンテーションと事業の将来性を見通した結果、「消費者向け飲料事業」は相対的に必要な投資の割に成長性・収益性ともに評価が低く、「自社での経営再構築または売却の検討が必要な事業」であることが見えてきた。合理的なフレームワークで説明したことから、社外役員も含めて役員の総論賛成は得られそうだ。
しかし、実際に詳細検討するとなると、「消費者向け飲料事業」を自社で経営再構築するか売却するか(はたまた撤退するか)、それぞれのオプションごとのメリット・デメリットを見極め、社内の合意形成を得ないといけないし、仮に売却するとなると事業カーブアウトが必要であり、かつ、海外事業も豊富に含んでいるため、一筋縄ではいかなそうだ。

藤原社長からは検討を急げ、とハッパがかけられているが、さて、どうしたものか?

第2回 事業売却の意思決定に続く>>